喜怒哀楽は人間たる故の面白さではあります。しかし、「喜」「楽」は良いものの、「怒」の感情が溢れているときにそんな文学的な言い回しをされると火にガソリンを投入するようなものです。
怒りの感情に振り回されると、ただただ疲れてしまったり、ついカッとして言ってしまったひと言をずっと後悔したりと、マイナスな結果として自分に降りかかることも少なくありません。
しかしながら、日常生活でイライラすることは避けて通れないのも事実。私たちはいかにこの「怒り」と付き合っていけばよいのか、今回はその方法である「アンガーマネジメント」について解説いたします。
アンガーマネジメントとは具体的に何ですか?
アンガーマネジメントとは、日本語に直訳すると「怒りの管理」です。すなわち、「怒り」の感情を適切にコントロールし、建設的な方法で表現するための技術や方法を意味します。
現代社会は多くのストレスやプレッシャーが日常生活に溢れており、その結果、怒りやフラストレーションを感じることが少なくありません。アンガーマネジメントは、こうした感情を上手に扱い、健康的で前向きな人間関係を築くための重要なスキルです。
アンガーマネジメントの始まりは1970年代のアメリカで、DV加害者や軽犯罪者のための強制プログラムとして開発されました。
時代とともに「怒り」をコントロールする心理教育、心理トレーニングとして、現在では教育機関やスポーツ選手のメンタルトレーニング、企業研修などさまざまな分野で活用されています。
なぜ怒りを感じるのか
遥か昔、人間は生き残るための「自己防衛」として怒りを感じる必要があったと解説されることがあります。
まだ狩に出ていた時代の人間は、外敵や危険な動物に対して怒りや恐怖を感じることで、戦うか逃げるかの行動を即座に選択することが命を守る決断であったとされています。つまり、「怒り」とは生命を守るための本能的な反応だったということです。
もちろん現代の怒りとは性質が異なるのですが、不安や不満といった、自分自身の存在を脅かすものに対して、怒りを感じるというのは本質的に変わっていないのかもしれません。
日常において感じる怒りは、生命の危機、とまではいかなくとも、自分の価値観や理想に反した行動に対して感じることが多いと言えるでしょう。
怒りを感じたとき身体はどう反応しているのか
怒りを感じると、体内ではアドレナリンが分泌され、心拍数や血圧が上昇します。これにより、身体は瞬時に戦闘モードに入る準備を整えます。
この生理的な反応は、危機的な状況において迅速に対処するためのものですが、現代社会ではこのような反応が必ずしも必要とは限りません。
しかし、体は依然として同様の反応を示します。
体内でアドレナリンが分泌されるのは、自律神経の交感神経が優位な場合です。この状況が続くと、リラックスさせる副交感神経とのバランスが崩れ、睡眠の質が低下して不眠へと繋がる可能性が高まります。
アンガーマネジメントとは、ただ怒りを抑制させるだけではなく、自分の身体を守るためにも大切なことなのです。
アンガーマネジメントが注目される背景
「怒り」という個人的な感情は、なぜマネジメント=「管理」するものとなったのでしょうか。
アンガーマネジメントには心身を楽にするさまざまなメリットがありますが、なぜ必要なのか、と突き詰めると「個人の信用に繋がるから」が答えになるでしょう。
たとえば、昔であれば職場で理不尽に怒られるのも「教育」の一環として捉えられることもありました。よく怒る上司も、怒りは熱血で愛の鞭であり、「そういう人」で終わっていたのですが、現在は大きく事情が変わっています。
アンガーマネジメントは職場におけるパワハラ問題の大きな解決策になるとされます。感情に任せた言動をするのではなく、感情をコントロールして業務に取り組むことで、建設的なコミュニケーションを図ることが可能になります。
「イライラ」をコントロールすることで、職場でのトラブルを減少させ、より健全でポジティブな労働環境を作り出し、個人の信用を保つことができるのです。
怒りにも種類があります
一言で「怒り」と言ってもさまざまな内容があります。怒りは大きく分けて4つに分類されると言われており、自分の感情がそのどれに近いのかを認識することが、アンガーマネジメントの第一歩になります。
強度が高い怒り
強度が高い怒りとは、強く怒りすぎるあまり声を荒げたり、相手が謝ってもなお怒り続けたりするなど衝動的な言動を伴う怒りを指します。この怒りは周囲の人も本人も鎮めるのが難しいのが特徴です。
持続性がある怒り
怒りの対象から時間が経っていても忘れることができず、想い出してなお怒りの感情が持続する状態を指します。子どもの頃に抱いた怒りや後悔を大人になっても引きずるような怒りが該当します。
頻度が高い怒り
些細なことでイライラしたり「カチン」とくる傾向があり、怒る頻度が高い場合をこのように表します。
多くの場合、心身の疲れが影響してメンタルヘルス不調を引き起こしている場合に起こりやすいとされています。
攻撃性がある怒り
怒りの感情で行動が攻撃的になる場合を指します。怒りの矛先は他人だけでなく自分自身、そしてモノにも向けられます。
他人への攻撃性は罵倒や暴力、自分への攻撃性は罪悪感もあれば、自らの身体を傷付けるといった行為に現れます。モノへの攻撃性は例えばドアを勢いよく閉めたり、モノを壊したりといったことが該当します。
アンガーマネジメントのメリット
アンガーマネジメントは自身の信用を保つため、とお伝えしましたがメリットはそれだけではありません。
心身ともに健やかになるだけではなく、怒りの感情をぶつけられなくなった周囲にもメリットが発生しはじめます。具体的にはどんなメリットがあるのでしょうか。
ストレスの減少
「怒るにも疲れる」という経験はありませんか?怒りの感情は、喜びや楽しみといった嬉しい感情とは違い、ストレスが降りかかる感情です。
アンガーマネジメントは、自分の怒りを認識し、適切にコントロールします。感情が過剰に高まることを防ぐことができるため、ストレスが軽減されるのです。
たとえ誰かに怒りをぶつけられたとしても、それによって沸いてくる感情をコントロールできれば、感情の浪費は防ぐことができます。これによりさらなる口論を回避できるのも、アンガーマネジメントのメリットだと言えるでしょう。
人間関係の改善
すぐ感情的になる人とは、良いコミュニケーションを簡単に取ることがはできません。「これを言ったら怒るのではないか」「何か倍になって言葉が返ってくるのではないか」といった恐怖心から、コミュニケーションそのものを避けられてしまう可能性もあります。
アンガーマネジメントを通じて感情を認識し、適切にコントロールする能力が身につくと、対人関係において感情的な反応を回避でき、冷静で建設的なコミュニケーションが可能になります。
たとえ怒りの感情があったとしても理性的に相手に伝えられるので、無駄な対立を避けることができるでしょう。
適切な「叱り方」を身に着けられる
部下を叱ることは、仕事をする上で致し方がない場合もあります。しかし、その𠮟り方が適切ではない場合、ハラスメントになってしまうのは、これは誰もが理解していることでしょう。
問題は、ハラスメントになることを恐れすぎて、適切な指導ができていない場合です。
管理職が部下に指摘ができないでいると、その問題点はいつまでも先送りにされてしまい、チームワークのためにも、その部下のためにも、会社の業績のためにもなりません。
アンガーマネジメントで「どう伝えれば良いのか」を習得すれば、ハラスメントにならず部下を導くことができるようになります。
離職率の低下
怒りに任せたハラスメントが横行している職場では、当然ながら人材の定着が難しくなります。とくに、新卒やまだ社会経験の浅い若手社員は、先輩や上司からの理不尽な怒りに反発することが難しいため、最悪の場合体調不良からの離職もあり得ます。
逆もまた真なりで、些細なことでイライラしやすい人は自らの怒りをコントロールできないと、ストレスが溜まることから体調不良に陥りかねません。
従業員が怒りやストレスを効果的にコントロールできれば、自然と職場環境は改善されていき、コミュニケーションが円滑になります。
働きやすい環境が整えば職場の満足度が向上し、結果として離職率の低下が望めるのです。
怒りのタイプ別!アンガーマネジメントの方法
アンガーマネジメントは怒りを「管理」するのですから、管理する対象のことをしっかりと理解をしておく必要があります。
自分の「怒り」がどこからやって来ているのかを分析しましょう。
正義感からくる怒り
正義感からくる怒りは、倫理や道徳に基づいて生じる感情であり、不正や不公平に対する強い反発から生じます。この怒りは時に重要な変革をもたらす原動力となりますが、適切にコントロールしないと破壊的になる可能性もあります。
たとえば、職場において不公平な出来事や理不尽な出来事に遭遇したとき、声を上げずにはいられないのが正義感からくる怒りです。正しいことを言っているのですが、時にその正論は「上から目線」や、「歩調を乱す」と捉えられることもあるでしょう。
アンガーマネジメントの方法は?
相手の立場に立って物事を考える時間を作りましょう。あなたにとっての正解が、相手にとっての不正解の場合もあります。
怒りの沸点が低い人は、相手の話を最後まで聞くことも大切です。相手の話を最後まで聞く前に「ニュアンス」「言葉尻」だけで判断してしまうと、相手の真意を捉えられないまま感情に任せて怒ることになってしまうでしょう。
まずは相手の話を全面的に受け入れ、その後で自分の意見とすり合わせてみてください。また、相手の言葉だけでなく、表情やジェスチャーなどの非言語的なコミュニケーションにも注意を払うことが大切です。
相手の本当の感情や意図をより正確に理解することができれば、ミスコミュニケーションを回避することが可能になります。
相手の立場に立って考える、とは、相手のことを深く知ることでもあります。なぜそう思うようになったのか、なぜそのような発言をしたのか、言葉によって「怒る」のではなく、まずは知ろうとするワンステップを踏んでみましょう。
完璧主義からくる怒り
完璧主義から来る怒りは、自分自身や他者に対して「非現実的な高い基準」を設定し、それを達成できない場合に生じる怒りです。
自分自身にストイックに完璧を求めるだけなら自己完結なのですが、他人にも同様のスペックを求めてしまうと、たとえばそれが職場であればパワハラに相当してしまう危険性を秘めています。
アンガーマネジメントの方法は?
完璧主義になりがちな人は、自分がしてきた努力をなぜ他人はできない(しない)のかが不思議でたまりません。しかし、当然ながら他人は他人、できる内容もできるようになるために必要な時間も違います。
完璧主義である人が、たとえば部下に「失敗を許さない」態度で接していると、常に成功を求められているようでプレッシャーとストレスを引き起こすのは容易に想像ができることでしょう。
まずは、他人と自分は違うのだと理解することが大切です。柔軟な思考を持ち、失敗や不完全さを受け入れる「許容力」を身に着けるようにしましょう。
また、自分自身も「不完全で良い」ことを言い聞かせてください。完璧主義な人は「こんな自分ではダメだ」と自己批判をしますが、「最善を尽くした」自分自身を認めてあげるようにしましょう。
自己主張からくる怒り
自己主張から来る怒りは、自分の意見や権利、感情を他人に理解してもらいたい過程で、阻害されたり無視されたりすることで生じます。
自分の主張が受け入れられない、誤解される、または尊重されないと感じたときに特に強くなります。
たとえば仕事のチームにおいて、リーダーシップを発揮することは良いことですが、何もかも自分の思うように進めたがるのは本当にリーダーシップでしょうか。
自分の意見が通らないからと言って怒りの感情を優先させてしまうのは、お菓子を買ってもらえない「だだっこ」と同じようなものなのです。
アンガーマネジメントの方法は?
意見の相違で怒りを感じたら、一旦冷静になることが重要です。深呼吸をする、数を数えるなどして、一時的に怒りを和らげましょう。
そこでオススメなのが「6秒ルール」です。
「6秒ルール」とは?
6秒ルールとは、怒りを感じたら6秒数えて感情を落ち着かせることです。
なぜ6秒かというと、怒りを感じて攻撃のホルモンであるアドレナリンの分泌がピークを迎えるのが6秒だからです。
つまり「カッとしてから6秒」を乗り切れば冷静さを取り戻しやすい、ということになります。
6秒数える間に深呼吸をすると、リラックスの相乗効果が期待できます。
怒り以外の感情も含め、冷静にコントロールするには「反射的」に判断しないことが大切です。一旦時間を置き、深呼吸をすることで「感情的な人」からの脱却が可能となります。
固定観念からくる怒り
固定観念からくる怒りとは、自分のなかの常識、つまり「〜であるべき」という物事に対して否定や反対を感じたときに発生する怒りの感情です。
たとえば、「待ち合わせは常に5分前には集合すべきだ」という固定観念を持っている人であれば、友人が待ち合わせに遅れることで怒りを感じるといった事象です。
また、対人関係においては「〇〇さんは△△だから」といった固定観念から怒りを持つ場合もあります。
血液型占いや、男脳・女脳といった非科学的な内容も固定観念を作る手助けをします。
その人を深く知る前に「血液型が■型だからこの人とは反りが合わない」と浅い部分で他人との壁を作ってしまうこともあるでしょう。
アンガーマネジメントの方法は?
自分がどのような固定観念を持っているかを認識し、素直に認めることが大切です。
そして柔軟な考え方をする練習をしましょう。
柔軟な考え方をするには視野を広げるのが効果的とされます。新しい物事に触れたり、読書などで知識を増やしたり、少しずつ「思考癖」を手放していけば柔軟な考え方ができるようになるでしょう。
アンガーマネジメントは繰り返すことで定着する
どれだけ毎日瞑想やヨガをして、毎朝クラシック音楽を聴いたとしても、正直、ムカつくことはムカつきます。その感情自体を押さえつけるのではなく、いかにコントロールするのか、これを日常的に繰り返し実践していくことが大切です。
まずは自分の怒りと向き合い、何に対して感情が動いているのかを明らかにして、怒りを鎮めるトレーニングをしてみてください。